逃げない? 逃げられない??

    1998年3月に、東京都が発表した「女性に対する暴力」調査報告書
  (東京都民4,500人を対象に行われた全国初の調査)によると、
  「身体的暴力を受けた経験がある」と答えた女性は、全体の33%
  「精神的暴力」・・・55.9% 「性的暴力」・・・20.9% にのぼる。
  中には、何年・何十年もDVの渦中にいる女性もいる。
           
  「離婚しない、逃げないんだから、暴力と言ってもたいしたことないんじゃない?」
  そんな世間の思い込みは、根強い。
  なぜ、逃げないのか? 「逃げない」のではなく「逃げられない」のである。
  感情が鈍化し、全てに受動的になり無力感に支配され、「現状を変える」という
  積極的な行動を取ることができなくなる。 
  これが「バタ−ドウ−マン・シンドロ−ム」と呼ばれる心理状況である。 
       
 【暴力のサイクル】
    心理学者レノア・ウォ−カ−は、その著書「バタ−ドウ−マン」の中で、「暴力の
  サイクルという理論を打ち出した。 以下の3つのサイクルである。
   (1) 「緊張状態が蓄積される時期」・・・言葉の暴力や、脅迫が行われる。
   (2) 「暴力の爆発期」・・・身体的・性的暴力がふるわれる。
   (3) 「ハネム−ン期」・・・「俺が悪かった。もう2度としないから」など甘い言葉を
                 かけたりする。
  多くの女性は、相手の言葉を信じる。 気持ちも揺らぐ。 相手を信じたいと
  思う。 だが、現実はまた、このサイクルが繰り返される。 加速度を増して。
        
【圧倒的な無力感】(#1より引用)
    セリ−マンという心理学者の、有名な研究がある。
  犬を檻の中に入れて、理由なく電気ショックを与える。いいことをしても、悪いことを
  しても、とにかく虐待する。 つまり、バタ−ドウ−マン(DVを受けている女性)
  と同じ状況に置くわけである。
    最初はもがいていた犬も、虐待を受け続けるうちに絶望的になっていく。
  檻から逃げ出すことも試みずに、ただおとなしく電気ショックを受けているだけ。
  しばらくすると、檻を取り払っても犬はじっと動かない。
    バタ−ドウ−マンの場合も、明確な理由もないまま殴られる日々の繰り返しの
  末、混乱し、全てを諦め、絶望の闇に入り込む。「お前は馬鹿だ、クズだ」と罵られ
  自尊心をズタズタに切り裂かれ、「私が悪いんだ。だから殴られるんだ」と思って
  しまう。
 【「監禁状態」の心理】(#2より引用)
    精神科医のジュディス・L・ハ−マン博士は、その著書「心的外傷と回復」の中で、
  「家庭」という私的な牢獄の中で、長年にわたって継続的にふるわれる暴力・虐待の
  被害者の心理を分析している。
  「犯人と被害者とを長期間接触させるという監禁状態の中で」被害者を自分の支配下に
  おき一種の奴隷化をする。 付き合いの制限による孤立。
  恐怖によって被害者を無力化し、孤立させて徹底的に支配する。 被害者は、何を
  してもたちうち出来ないという絶望的な無力感を抱くようになる。
    以上のような段階まできてしまうと、被害者は自分だけの力で行動を起こすことは、
  ほとんど絶望的である。 逆に加害者に対して「生かしてもらっていることの感謝」
  さえ感じることがあるという。 第三者から見れば理解に苦しむことであろう。
  しかし、これは被害者にとって、一種の「生き残りのための心理的防衛反応」であり
  このような状況が続くうち、被害者は、「人間としての尊厳・感情」すら失い、無感覚・
  無感動な状態に陥る。 被害者の人間としての最後の自尊感情が徹底的に粉砕され、
  自己嫌悪の極限で被害者自身が精神的な解体を起こしてしまう。
               
    被害を受け続ける女性たちの、「心と身体」に刻まれていく傷の深さと重さ。
  サリン事件・阪神淡路大震災、新潟で起きた女性監禁事件において、
  広く知られるようになった、「PTSD(心的外傷後のストレス障害)」や、
  「トラウマ(心の傷)」は、はかりしれない。
  
 【逃げない(逃げられない)理由】
 (1) 「学習された無力感・絶望感」という(見えない)鎖
     ・繰り返し行われる「脅し」や「暴力」により、無力感に支配され、また感情が鈍化し
      全てに受動的になり「現状を変える」という積極的な行動を取ることができなくなる
        (#上記参照)
     ・「どうすることもできない」「嵐が通り過ぎるのを待つだけ」
 (2) 「愛情」「希望」「恐怖」の複雑な絡み合い
     ・「俺が悪かった、お前なしでは生きてはいけない」など情に訴え、「愛情」を利用
     ・「今度こそ彼は変わってくれると信じたい」という、「希望」
        (#上記 「暴力のサイクル」参照)
 (3) 経済的・社会的自立の困難
     ・仕事に出るのを許されない、就職先がないなど自活できる収入を得るのが困難
     ・住民票、健康保険証が世帯中心となっているため、自立しにくい状況
 (4) 被害者の意識による理由
     ・子どもの問題
     ・世間体や家族からの反対、親に心配をかけたくないなど
     ・暴力を受けるのは、自分にも落ち度があったなどと自分を責める
     ・妻は暴力に耐えるべきという、日本社会の風潮
     ・子どものためには「片親」ではなく「両親」が揃っている方が良いと考える
 (5) 相手が離婚に応じない
     ・妻を自分の所有物と考えており、別れ話を口に出すと、逆に嫉妬が増悪し
       スト−カ−と化す。
     ・逃げた場合であっても、どんな手段を使ってでも探し出す
 (6) 相手からの報復を恐れるため
     ・自分や子供だけでなく、家族や友人までもが被害を受けるのではないかという恐怖
 (7) 公的機関及び社会の認識・体制・対応が不充分で、支援の利用がしにくい。 
     ・相談しても逆に傷つけられる。
    (個人的見解・・・心ない対応・言動は、「心身ともに限界状態」の当事者にとっては、
              さらなる暴力・ストレスとなって突き刺さる「言葉のナイフ」)
  
   東京都の被害者面接で、暴力の続いている年数を尋ねたところ、
 「5〜10年未満」 32.7% 、「10〜20年未満」 28.8% 、「20〜30年未満」 24.2%という
 結果が出ている。 (#1より)
   以下、ある当事者の言葉(#4より引用)
    「なるべく逆らわないようにするより仕方がない。 逃げてもしつこく追いかけてくるで
    あろうし・・・死んでまでいじめられたくないので、子どもに『同じ墓にいれてくれるな』と
    言ってある。殺すか殺されるか、早く死ぬか長く生きるかしか自由になれないと
    思っている」
   
  あなたは 「離婚しない、逃げないんだから、暴力と言ってもたいしたことないんじゃない?」
  と、思いますか??? そして。  
  「逃げない?」 「逃げられない??」 どちらだと思いますか? 
      
   
【引用・参考文献】
#1 ・梶山寿子 『女を殴る男たち 〜DVは犯罪である〜』 文藝春秋社:1999
#2 ・日本DV防止・情報センタ− 『ドメスティック・バイオレンスへの視点』 朱鷺書房:1999
#3 ・総理府 男女共同参画室HP 『女性に対する暴力のない社会を目指して(答申)』
     (平成11年)より
                       『男女間における暴力に関する調査』 
#4 ・「夫(恋人)からの調査研究会 『ドメスティック・バイオレンス』 有斐閣:1998
#5 ・日本DV防止・情報センタ−編著 『知っていますか?ドメスティック・バイオレンス
                                   一問一答』 解放出版社:2000
#6 ・川喜多好恵 『DV被害者への心理的サポ−トの実際』 (助産婦雑誌vol.54 No.7)
                                            医学書院:2000


inserted by FC2 system